引用元: https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1610091232/


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1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:bbSumi+K0
どうやって生還する?
サバイバル検定準2級の俺が判断してやる

・一人登山
・残った荷物は1日分の栄養食と水だけ
・麓まで迷わず降りれば20分で済む


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6: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:mS4593T30
ただしヒグマは奪った道具を使いこなすものとする

7: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:wLp5rq09M
木材を取ったのち穴を掘って拠点にする

9: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:6v8IxC0k0
新月ならキツい

13: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:qDwxUkfra
匂いが強いものは残して動ける範囲で移動、夜明けを待って下山

14: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:T3eqkx9Sa
今の季節なのかと雪の有無によるな

15: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:2rb92MxUp
前提に突っ込みいれるのもどうかと思うが夜に登山すんな

16: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:kOQ5smNJ0
下山するに決まってんだろアホか

17: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:8HYpnHLd0
20分なら下るかな

18: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:J1KVbVcF0
熊が来ないことを祈って真っ直ぐ降りるわ

19: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:6v8IxC0k0
何も見えないって書いてるじゃん

20: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:XIoWNpTi0
熊を倒す
熊鍋にする
温まって寝る

21: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:JQymnHb4d
風上にたっちゃダメなことは分かる
22: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:bbSumi+K0
下山すると答えている人はサバイバリスト失格 
20分なら手探りで何とかなると思ったのかも知れんが 
夜の山に明かりなしはマジで数センチ先も見えない状態 
神経疲労は日中の比ジャないし、おまけにいつ羆に襲われるかわからない恐怖もあり50mも進めずパニックに陥る 
>>13が1番正解に近い 
敢えて書いた食べ物と飲み物を置いていくという選択は正しい
24: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:bbSumi+K0
模範解答としては
食べ物と水は置いてテントから離れる
土や草を自分に擦りつけて体臭を消す
もし羆のフンとかあればそれを塗るのがベスト
樹の上に登る
(羆も普通に樹に登ってくるが、体臭を消している場合は生体的にまず夜に視線が樹の上に向かない)
明るくなってきたら下山

これが正解

25: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:HH3OVlZea
夜の登山なんかしない

28: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:JX3axWmn0
>>26
日高ワンゲル部事件はまさしくそれだったな
腹減ってない熊にただ噛み殺されるとか可哀想すぎる

福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件


福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件は1970年(昭和45年)7月に北海道静内郡静内町(現:日高郡新ひだか町静内高見)の日高山脈カムイエクウチカウシ山で発生した獣害事件。

若い雌のヒグマが登山中の福岡大学ワンダーフォーゲル同好会(のちにワンダーフォーゲル部へ昇格)会員を襲撃し、3名の死者を出した。

福岡大学ワンダーフォーゲル同好会ヒグマ襲撃事件、福岡大学ワンゲル部員日高山系遭難事件とも呼ばれる。

事件の経緯

【計画】

福岡大学ワンダーフォーゲル同好会所属の学生A(リーダー20歳)、B(サブリーダー22歳)、C(19歳)、D(19歳)、E(18歳)の5人は1970年7月12日9時に列車で博多駅を出発し、14日に新得駅へ到着した。

14時半に芽室岳へ入山。
そのまま芽室岳からペテガリ岳へ日高山脈を縦走する計画だった。


【予兆】

25日、中間地点であるカムイエクウチカウシ山(標高1,979m)の九ノ沢カールでテントを張ったところ、ヒグマが現れた。

ヒグマがいない九州から来た彼らは恐れることなく様子を見ていたが、ヒグマが荷物をあさりだしたため音を立てて追い払い荷物を取り返した。

しかしその夜、再びヒグマが現れテントに穴を開けた。
身の危険を感じた彼らは交代で見張りを立てたが、その後は現れなかった。

26日の早朝、ふたたびヒグマが現れテントを倒した。
Aの指示でBとEが救助を呼ぶため下山を始めた。

その途中で北海学園大学のグループや鳥取大学のグループに会ったので救助要請の伝言をし、BとEは他の3人を助けるため山中へ戻った。


【ヒグマの襲撃】

BとEは昼ごろに合流し、5人でテントを修繕した。

16時ごろ、寝ようとしていた彼らのもとにヒグマが現れ居座った。

彼らは鳥取大学のテントへ避難するため、九ノ沢カールを出発し歩き続けた。

しかし、鳥取大学や北海学園大学のグループはヒグマ出没の一報を受けすでに避難したあとだったため、仕方なく彼らは夜道を歩き続けた。

不幸にもヒグマは彼らを追いかけ、追いついた。

ヒグマはまずEを襲い絶命させた。
Cは他のメンバーとはぐれてしまった。彼らは一目散に逃げ、その夜はガレ場で夜を過ごした。

27日早朝、深い霧が出ていたため視界は悪かった。

下山する途中でヒグマはまた現れた。
Aがターゲットとなりそのまま襲われて死亡した。

BとDは無事下山し、逃げ延びた2人は五の沢砂防ダムの工事現場に駆け込んで車を借り、18時に中札内駐在所へ到着した。


【救助隊】

仲間とはぐれたCは鳥取大学グループが残したテントに駆け込み一夜を明かしたが、27日の8時ごろにヒグマに襲われ死亡した。Cは死ぬ直前まで様子や心境をメモに書いていた。

28日、十勝山岳連盟の青山義信を現場隊長とし、帯広警察署署員や十勝山岳連盟、猟友会などからなる救助隊が編成された。
さらに帯広警察署は、カムイエクウチカウシ山などの日高山脈中部の入山を禁止した。

翌29日、早朝から捜索していた救助隊は14時45分ごろに八の沢カールの北側ガレ場下で2人の遺体を発見した。

遺体は九州から捜索に加わっていた福岡大学ワンダーフォーゲル同好会会員によってAとEであることが確認された。

29日16時半ごろ、ヒグマは八の沢カール周辺でハンター10人の一斉射撃により射殺された。亜成獣(3歳)の雌であまり大きくはなかった。

30日にはCの遺体も発見された。雨天で足元が悪いことから遺体を下におろすことができず、31日17時に八の沢カールで3人の遺体は火葬にされた。

八の沢カールには追悼のプレートがかけられ、そのプレートには「高山に眠れる御霊安かれと挽歌も悲し八の沢」と追悼の句が記されている。

3人を殺害したヒグマは解剖されたが、体内からヒトや持ち物などは確認されなかった。

このヒグマは剥製にされ、中札内村の日高山脈山岳センターに展示されている。(以下略)

福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件  Wikipediaより



29: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします ID:R0ZX77snd